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2020.03.23

時間の意識がイノベーションを生む、「働き方改革」の本質

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残業大国・日本。今、多くの企業が「働き方改革」に取り組んでいるが、実現には課題も多い。なぜ日本人は残業をやめられないのだろうか。また、やらされ感のない働き方改革は可能なのだろうか。

『残業学』の著者である立教大学経営学部の中原淳教授と、就業管理システムの提供などで企業の働き方改革を支援する日立ソリューションズの伊藤直子氏が残業の本質について語り合う。

依存症的な危険を持つ「残業ズ・ハイ」

──中原先生の著書『残業学』の中に、衝撃的なグラフがありました。「残業60時間までは幸福感が下がっていくのに、60時間を超えると少し上がる」という調査結果です。

中原 ビジネスパーソン2万人を対象に調査したところ、確かに、「残業60時間までは"主観的な幸福感"が下がっていくのに、60時間を超えると少し高まる」という結果が出ました。 「会社への満足度」や「エンゲージメント」も、幸福感と同様に残業時間60時間以上で少し高まります。

しかし、誤解してはいけないのが「残業すればするほど幸せ(幸福)になる」わけではないということです。「幸福」になるのではなく、「幸福感」を感じるようになる。

伊藤:書籍の中で先生は「主観的幸福感」と表現されていましたが、その瞬間にその人がそう思っているだけ、と私は捉えました。

中原:その解釈で構いません。残業における幸福感の背景にあるのは、「有能感」や「没入感」。 つまり、「自分は会社に頼られている、優秀な人材だ」という思いと、「時間を忘れ、物事にのめり込んで、他が見えなくなる」感覚です。いわゆる"残業ズ・ハイ"といえる状態で、これはある意味、長く続けば依存症のようなリスクを持つものといえます。

人生のリスクから目を背けるな

──その感覚は少しわかります。目の前の仕事に没頭し成長や貢献の実感もある"残業ズ・ハイ"に喜びを感じる社員がいて、その結果、企業の業績もアップするのであれば、両者にとってよい気がするのですが、なぜ「残業は悪」なのかを改めて伺えますか。

中原:そもそもの話になりますが、残業したいかどうかは個人の働き方の問題です。経営者の観点でいえば、社員に残業させるかどうかは経営判断になります。個人の判断だし経営判断なので、根本は「好きになさればいい」。私は、そう思っています。そのうえで、個人や会社が判断なさるときに、ぜひ、私やパーソル総合研究所さんが共同研究で明らかにした知見を、考えるヒントにしていただきたいのです。まず、残業には、健康リスクや生涯働き続けるための意欲の低下、また学び直しの時間の減少などのリスクがあります。ハイになっている一方で、リスクが増していることを検知できないことが極めて危険なのです。若いときにめちゃくちゃ仕事をする、あるいはプロジェクトの立ち上げ期にどうしても長時間働かなければならない、というのは誰しも起こり得ることです。短期的であれば問題ないかもしれませんが、仕事人生が長期化している時代なんだから、中長期的なことも考えたほうがいいのでは?と。まぁ、おせっかいですよね(笑)。

伊藤:昔の人はよく「二徹、三徹した」と徹夜自慢をしていましたが、仕事の効率が高いはずがありません。人間が十分に覚醒して作業を行うことができるのは起床後12~13時間が限界で、起床後15時間以上では酒気帯び運転と同じ程度の作業能率まで低下するといわれています。

中原:二徹、三徹したことを自慢するのは、「自分が無能であることを自己開示しているのと同じ」であるように私には思えます(笑)。私は計画性がないよ、私はプライオリティがつけられないよ、と言っているのと同じではないでしょうか。

伊藤:「やることはどれだけでもある」と言う人がいますが、それは時間までにできること、できないことが判断できていないということですね。時間を意識して、「やらないこと」を決めることが重要だと思います。 これまでは、「できそうにないけれど、なんとか頑張ります! はみ出したら土日にやります」とやってきたことが、もはや通用しない時代になっています。

中原自分の生産性に対して、あまりにも鈍感な人が多いと思うんです。生産性は、「投下するコスト」を「分母」にし、分子に「どのような便益が生まれたのか」を置いて決まります。単純な割り算なんです。この数値を上げるもっとも簡単な方法は、投下するコストを下げることですね。投下コストを下げるためには、仕事のやり方を工夫し、労働時間を減らすことです。もちろん、ときには残業が必要なこともあるでしょう。でも、だからこそ、どこから手をつけて、何をやめるのかを考えていかなければなりません。できるなら、20~30パーセントの余力を残し、その時間を次のネタの仕込みや自己啓発、能力開発などに使っていかないと、目の前の課題に追われるだけで、時間がどんどん過ぎてしまいます。

働き方で企業が「選ばれる」時代

──とはいっても、経営目線では、「あなたの持っている、すべての時間と労力を会社のためにつぎ込んでほしい」と考える企業も多いのでは。ワークライフバランスというような言葉が無縁な働き方を求める企業も少なくないと感じています。

中原:それは企業の経営戦略であり、人材戦略ですよね。もちろん、そういう企業もあるでしょう。でも、私は自分自身、「あなたの人生の時間や労力を、持てる限り企業に投下してください」という企業に、あまり魅力を感じません。おそらく感覚的に、今の優秀な若手も、そういう企業は選ばないでしょう。22歳の学生が70歳まで働き続けるとしたら、仕事人生は48年もあります。私は、今の学生に「長時間労働を求める企業」ではなく、「長期間労働が可能になる働き方ができる会社を選びなさい」と伝えています。長期間労働を行うためには、自分の能力やスキルが伸びていく企業であることが重要です。

伊藤:学生がそういうアプローチをしてきたときに、常に120パーセントを求める会社は選ばれなくなっていきますよね。採用できないし、離職者も増えるでしょう。

中原:企業はまだ選んでいるつもりかもしれないけど、すでに優秀な学生たちが企業を選ぶ条件は変わってきています。残業時間を含め働き方に柔軟さがあるかどうか、そして成長し能力を高められる職場かどうかが、今後選ばれる企業の条件となるでしょう。某大企業の調査では、従業員の50%が自分の会社のことを「諦めている」と答えていました。会社に対するエンゲージメントは低いけれど、給与が市場相場より高いから辞められないのです。この結果を見た学生が、「先生、50パーセントもの社員が諦めていても会社って回るんですね」と(苦笑)。

伊藤:作業としてはこなすことができるから、査定が下がらない程度に働いているのでしょうね。

中原:学生から見たらこの数字はもう、絶望ですよ。そんな会社の早期退職が止まらないのは当たり前ですよね。今の時代、人手を確保するためには、多くの学生に選んでもらうか、その社員が辞めていくのを減らすかしかないんです。私は、辞めていく社員を減らす方がいいと考えています。

生産性アップより、イノベーションを

──日立ソリューションズでは、働き方改革に取り組んだ期間にも営業利益が向上しました。働き方改革は、経営力を高めると言えるのでしょうか。

伊藤:働き方改革をすると、残業時間などの労務指標がよくなる成果は当然あります。ただ、正直に言いますと、働き方改革と業績アップの直接の相関関係を語ることは難しい。確かに当社は営業利益が伸びましたが、その要因は複数あるはずですから。ただ少なくとも、働き方改革によって総労働時間が減ることが、業績悪化にはつながりません、とは言い切れます。

中原:日立ソリューションズでは、単純に労働時間を減らしていくだけでなく、どのような工夫を行ったのですか。

伊藤:当社の取り組みの成果としては、リスク管理が適正になったと感じます。組織単位で対策を早めに打つ空気が生まれました。労働時間を意識すると決められた時間の中でプロジェクトを動かさなければならないので、アラームを上げるのも早くなります。また、見積もりや受注のときに、本当に今の体制でできるのかを考えて、適切な仕事の受け方ができるようになりました。これは、経営力を高めることにつながっていると言えますね。

中原:働き方改革では労働時間の短縮と生産性アップがセットで語られることが多いのですが、労働時間を少なくして売り上げが変わらなければ、生産性は上がります。これももちろん必要です。一方で、ビジネスモデルや仕事のやり方そのものを変えるやり方で儲ける方法もある。これがイノベーションで、今後は重要になってきます。これまでの事業やサービスをひっくり返すようなやり方を考えることが業績アップへの近道です。

見える化なき、働き方改革は成功しない

──働き方改革が必要であるという認識は世の中に広く浸透しており、取り組みをはじめる企業も増えていますが、理想と現実の間で苦しんでいる話もよく聞こえてきます。どうすればうまくいきますか。

中原;働き方改革には3つのステップがあります。最初のステップが、経営者が経営課題を語り、その手段として働き方改革を位置づけること。2つ目のステップが「見える化」で、時間の境界を意識させること。3つ目が業務の棚卸しです。経営者が最初にすべきことは「働き方改革をする」と宣言することではなく、経営課題を語り、その手段として働き方の見直しを位置づけることなんです。今、会社が何をめざし、それにはどれくらいの人が必要なのか。そして今どんな課題があるのか。その対策としてはじめて長時間労働の話が出てくるんです。一番ダメなのが、「国が働き方改革をやれと言うから自社でもやりましょう」と言っちゃうこと。 経営者は経営を語ればいいんです。極端な話、本気で取り組まないと儲からなくなるからやりましょうと言ったらみんな動くでしょう。働き方改革は、目的ではなくよい経営をするための手段ですから。

伊藤:2つ目のステップの「見える化」でいうと、当社も自社の就業管理システムを使って労働時間を管理しています。今、誰の残業時間が多いのか、このペースで続けると月末に何時間になりそうかなどを見える化しています。PCを自動シャットダウンする強力なサービスも用意しています。

「リシテア/HRダッシュボード」の職場管理者向け画面。職場全体を俯瞰した労働時間をわかりやすく見える化

中原:そういったサービスは、本当に必要ですよね。時間の制約が生まれることではじめて「じゃあ、どうすればいいか?」と考えるようになる。見える化がない組織変革は成功しません。数字は属人性を排除して、客観的に現実を表してくれます。

本質的な改革に必要な「覚悟と根気」

中原:3つ目の業務の棚卸しは、無駄をなくし業務を工夫することです。

伊藤;無駄をなくそうとするときに「ルールだから変えられない」と思っている人がとても多いですよね。法律でもなく、ただの企業内ルールなのに。

中原:もちろん労働基準法をはじめとする労働法はあるけれど、細かい規定は各企業が作っているわけでしょう。たいていのことは変えられます。変えられないと思い込んでいるだけです。日本では一度、規則を作ったらなかなか変えられないという意識が強く、経営を邪魔しているケースも多い。もっと柔軟に変えていけばいいのです。例えば、人事が旧態依然のルールを守らせるガーディアンのようになっていると、経営インパクトは出せません。一方で、経営のパートナーになれる人事だと企業は成長します。

加えて、働き方改革では、小さな改革をだらだらやるのではなく、一気に大手術をしたほうがいい。例えば、強制的な残業施策がはじまったら、25パーセントの社員が抜け道を探すというデータもあります。一時的には不満が高まるし、「こんなに仕事があるのに、人事ふざけるな」と言われてしまうけれど、そこでウソの労働時間を申告するとか、会社を出て外で仕事するなどの逃げ道を作った結果、残業が減りましたね、というのではまったく意味がない。本質的な働き方改革成功のためには、根性も覚悟も必要です。

伊藤:時間を意識して仕事をマネージメントし、「今日はここまで」とPCを閉じることが、会社にとっても自分にとってもハッピーだと思えることが大事ですね。

仕事と上手に付き合い、幸せに生きよう

──社員の中には「もっと仕事をしたい」と言う人もいます。

中原:働き方改革をテーマに講演すると、「僕はもっと仕事がしたいんです!」と怒り狂う若者がいるのですが(苦笑)、今の時代、過重労働は経営のリスクでもあります。働き方改革でもっとも大きな弊害は、ルールや規則ではなく「個人がこうあるべき」と思い込んでいることです。実は、人を縛っているのは外側のルールではなく、自分の心の中にあるもので、その解除のほうが難しいのです。私がみなさんに伝えたいのは、人生が50年だった織田信長の時代に比べれば、今は倍も長く生きることができる。だったら、幸せに暮らしたくない?ということです。幸せに生きることを考えたときに、仕事とどう折り合いをつけていくかは重要です。仕事中は働きがいを感じて、空いた時間に自分の好きなことや自己投資をしながら幸せな人生をまっとうしていただきたい。そして、最後は、自分の人生を自己決定することです。

伊藤:「ワークライフバランス」というけれど、ライフって人生そのものですよね。ワークとライフの割合を5:5にするとかの話ではなく、ワークはライフの一部です。その分量が日本人はわりと多いかもしれないけれど、ベースに人生があって、その中で仕事をどうやっていきたいかを考えることが重要だと思います。

(構成:尾越まり恵 編集:樫本倫子 写真:的野弘路 デザイン:月森恭助)

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